「がんとの戦い」か「がんとの共存」か

「がんと戦う」とか「がんとの共存」とか言われているが、どうしてそう言われているのか? その違いは何なんだろう? という点が今ひとつわからなかった。

「がんと戦う」は、なんとなくわかるけど、「がんとの共存」って何? というのが本当のところでした。

この答えは簡単でした。

がん細胞は毎日数千個生まれては消えて行くそうです。細胞のコピペミスによるエラー細胞なんだそうです。通常は、すぐに消えてしまいます。

が、何かの原因で生き延び、大きくそだったのが「がん」というやつ。

何かの原因で「がんが生き延びる環境」が体内に出来てしまった訳なので、ゴキブリなみに1個見つけたら100個潜んでると考えるのが当然な状況なのです。

潜んでいるがん細胞は、まだ目に見えるほど大きくはないのも含めて、確実に存在しています。

この、まだ目に見えないけど確実にいる「がん細胞」を叩きに行くのが抗がん剤なのです。これが「がんとの戦い」って話だと思います。ほとんど「肉を切らせて骨を断つ」という捨て身の戦法に近い戦いです。

それでも目に見えない「がん細胞」は、確実に残ります。ここからが「がんとの共存」という話になります。

また、まだ目に見えないけど確実にいる「がん細胞」が、大きくならずに小さいまま、ずーーーっと暮らして行ければ、結果としてがんになっていないのと同じことになります。この状態を「がんとの共存」と言うそうです。

目に見えないものまで含めて、がん細胞をすべて消し去るのはかなり難しい事だと思います。しかし、存在したとしても実質的に無効化できれば、結果は同じ事になるのです。

では、「がんとの共存」はどうやれば可能なのでしょうか?

多くのひとがチャレンジし、その中には成功者も多々いらっしゃいます。が、同じ事をやっても「サバイバー(生存者)」と「チャレンジャー」にわかれてきます。

「方法」はいくつもあります。しかし、どれがその人にとっての「正解」かがわからないのです。

そして、そのほとんどが「自由診療」だったり「民間療法」だったりします。すごーく「お金」がかかります。手当たりしだいにできるのは、よっぽどのお金持ちだけだと思います。

いくら「人命は尊い。その命がかかっているのだ。」と言っても、悲しいことに「できる事」と「できない事」があるのが現実なのです。

さらに、良いと言われることを手当たりしだいやったとしても「確実に生き延びる保証」は何一つないし、同じ事をやってもその結果は「サバイバー(生存者)」と「チャレンジャー」の両方にわかれてしまいます。

方法はたくさんある。が、自分にとってどれが正解かは、まったくわからない五里霧中な状況なのです。

この「命がけの不安定な状況に、長期間耐える事ができるかどうか?」が、「がんとの戦い」、「がんとの共存」の本当の姿なのではないかと感じています。

ただ、何かを大きく変えないといけないのだろうと思います。何かが原因で「がん」が生き延びる環境が体内に出来てしまったのだから、その体内環境をさらに変える必要が、最低限あるのだと思います。

私の場合、とりあえず酒はやめました。

あと、肉中心の食生活からできるだけ野菜中心に変えることにしています。

また、仕事や生活態度や、日々の言動から気持ちの持ち方までも含めて変えないといけないと考えています。