手術後4日目から退院まで

◆ 2015年6月14日、手術後4日目。(書いているのは後日です。当日のメモを見ながらまとめています。)

昼から7分粥に変更。ひたすら歩く。このへんから階段でのアップダウンも入れてみた。

さらにベッドの低い位置から起きれた。

朝ごはん 五分粥、味噌汁、しらすおろし煮、じゃがいも2つとにんじん1つの煮物、梅干し、お茶
「しらすおろし煮」とは知らなかった。暖かくてよいですね。

昼過ぎ、お腹のパイプを抜いた。尿管を抜く時と同じで新感覚体験だった。が、抜いたところより別の、おへその部分が痛くなった。ナースに言ったら痛み止めをくれた。

夕飯を普通にガツガツ食ってみたら、おへその奥がピリピリしてきた。無理はイカン。ゆっくり食う練習が必要

◆ 2015年6月15日、手術後5日目。

昼から全粥。今日のテーマ:ゆっくり食う事

ベッドの一番下から起きられるようになった。
レントゲン室の手すりのないベットからも起きられた。

食事ができるようになったので痛み止めは座薬ではなく飲み薬にするように指示された。座薬の方が良かったのだけれど。手術したつなぎ目に近いから避けた方が良いのだそうだ。看護師が避けたがった理由がよくわかった。座薬の代わりに痛み止めの飲み薬を処方された。1日3回だけど、ずらしてもよいらしい。

ついに点滴がはずれた! チューブレスな生活だ。 最高!!

お昼1時間弱かけてやっと完食。

午後1時半から手術後初シャワー すっきり!!

肺の腫瘍について調べてみた。「陳旧性炎症像」というのがあって、これだと手術しなくてもよいらしい。「陳旧性炎症像」であることを祈ろう!

◆ 2015年6月16日、手術後6日目。

昼から常食。今日のテーマ:やはりゆっくり食う事

ベッドの一番下の(普通の布団の)角度から、割と簡単に起きられるようになった。
朝ごはんから通常食になっていた。
完食すると張って患部(へそと右)が痛い。痛み止めがあってよかった。

水の買い出しの後、2Lペットを持って4階分解団を上がってみたが、右の膝に来て、ももがへろへろになった。かなりきつい。息もきつい。トライボールしなければ。

トライボール再開。痛み止めがあってよかった。前回痛かったから。
栄養管管理士に玄米粉の話をして、使用許可をもらう。タヒボ茶は前にOKをもらっていた。体重測定は、、、減っていない。

◆ 2015年6月17日、手術後7日目。

昨日から腰痛より傷口がいたくなってきたが、痛み止めをもらっていたので対応できた。
今朝、傷口から出血していたのが発覚。ガーゼを貼られた。
ということで、寒いし、傷があるので、タオルでふいて着替えだけにしようかと考えていた。が、ドクターからシャワーあびてもぜんぜんかまわん。むしろ浴びろ、と言われ浴びることに。

退院できそうだと言われ、次の外来は呼吸器に行くように指示された。4週間後くらいに次の手術を予定しているようだ。「陳旧性炎症像」の件もきいてみたが、「その可能性はほとんどない。」と、あっさり言われた。

1つ手術が終わってほっとしたら、とたんに次の手術が嫌になった。手術前には、「2つ早く、いっきにやってくれよ」と思っていたんだけど、、、「強い心」を維持するのは大変です。

退院日を決める。

◆ 2015年6月18日、手術後8日目。

朝の往診で先生が来る。「特におかわりないですか?」で終了。もうチェックしなくても大丈夫なフェーズなんだろうなあ。

午前の運動中、階段で肺の手術担当医のドクターとすれ違ったら、いきなり挨拶されてしまいました。
「退院後は私の外来にも来て下さい。」
「覚えて頂いてたのですか。」
「もちろんです。リハビリがんばって下さい。」
だそうだ。
この人も肺腔鏡の使い手。気さくな先生っぽいので行くしかないだろう。ちょっと嫌々園的な気分だったのが、だいぶ積極的になってきました。

◆ 2015年6月19日、手術後9日目。

朝の回診では、退院のスケジュールの確認。あと、傷口の確認。
尿道と肛門もまだ痛いかも。看護師さんに言うと「肛門からもいろんなものを出し入れする」との事。確かにこの傷口では写真で見た幹部は引っ張り出せない。その謎がひとつわかった気がする。

あと
体重を測ったが、デブったかも? 痛風ポイントもチクチクする。
入院でデブるってどういうこと?

◆ 2015年6月20日、手術後10日目。

無事退院。近くに引っ越していたのでタクシーでも帰れた。
まだ、ダンボールがいっぱいあるが、自宅はいいね。

あと、病院ではがんがん歩くし、階段も登って日常生活は問題ないと思っていたが、意外と「想定外の動き」があって、結構たいへんなのがわかった。

手術後3日目。ご飯が始まった。

2015年6月13日、手術後3日目。(書いているのは後日です。当日のメモを見ながらまとめています。)

この日は昼から五分粥が始まった。

昨日もそうだが、夜が早いと朝も早い。6時前から起きてしまう。暇だ。。。PCがあって本当によかった。部屋が明るくないので本が読めない構造になっている。

今日には、水平状態のベットから自力で起き上がれると思ったが、、、朝の段階ではそうではなかった。

朝、採血してレントゲンを取る。これで今日のスケジュールは食事以外すべて終了。後は「尿の回数と量」を測定することかな。

懸案のお昼ごはんだが、、、メニューは芋を煮たのを小さく切ったのと、白身の魚の煮付け(骨なし)、茶碗蒸し、ブロッコリーとトマトのサラダ、牛乳

ゆっくりと良く噛んで食べたつもりだが、食べている最中からお腹がゴロゴロなって便意が。
結構食べるのに時間がかかった。完食!
食べ終わってトイレにいくと、すぐに下ったものが出てきた。水溶性の下痢です。トイレも結構長い間座っていた。

さらに20分くらいでもう一回出た。ブロッコリーくさかった。計4回でてやっとおさまった。

腸の動きがまだ弱いと看護師さんに言われていたが、いきなりの食物にびっくらこいて、腸だけでなく胃も同様に「先送り」した結果、すぐに出てきたのではという気がする。少しは働けよ、俺の胃と腸。

夕ごはん
五分粥、ハンバーグイタリアン風、フの味噌汁、ほうれん草のおひたし、梅干し、果物、お茶
お昼とは違ってすぐにはこない。少しは働く気になったか、俺の胃腸よ。

後は「ひたすら歩く」と言われたのでそうすることに。
という事で本日から実行している事:ナースコールはしない

歩けるし、歩かなくていけないのだから、動けない大変なケースは別として、単に頼みごとや問い合わせは、自分でナースセンターに歩いていって聞くことにした。

で、自室にもどって待つ、ということになる。

夜中の座薬依頼でもそうだ。というか夜中にナースコールは寝ている周りの人を起こしそうなので、歩いて行ったほうが気が楽だ。

とにかく、緊急時以外はナースセンターには自分で歩いて行くを実行していくことにする。

手術後2日目。すでに普通に歩いているからすごい。

2015年6月12日、手術後2日目。(書いているのは後日です。当日のメモを見ながらまとめています。)

座薬のおかげで朝からすごく元気なので、PCを出しセッティングを行い散歩を開始する。

昨日までは、ベッドの機能を使わないと起きれなかったが、ある角度から自力で起きれるようになった。これはすごい!

とりあえずそのへんを一周してみる。
大丈夫そうなので、外来の階に行ってみる(午前6時すぎころ)。
いろいろな情報やパンフがあり楽しい。2つもらってきた。

この体験を記述する作業をはじめる。

午後一、寒いので病室のある階を3周歩いてきた。

3時にも5周あるく。

病棟での若い担当医の先生がどの人が発覚。毎日来る若いドクターだった。意外と気さくな面白い人かもしれないと思った。ナースセンターでもウケをねらって面白いこと(ゴリラ風の歩き方)をやっていた。彼が日本のパッチ・アダムスになることを切に希望する。

夕方、タヒボ茶を差し入れてもらう。

朝からの水分で尿が出始める。
夕方からのタヒボ茶の応援で、さらに尿の出がよくなり、ガスも夜から頻繁に出るようになった。

夜、寝られず、またも座薬をもらう。夜中にもかかわらず尿が結構出た。昨日ほどではないが、割とよく寝れた。

手術後1日目。目標は「歩く」事。

2015年6月11日、手術後1日目。(書いているのは後日です。当日のメモを見ながらまとめています。)

フラフラのまま朝を迎える。汗がすごかった。

今日のテーマは、「歩くこと」。

自分の力でこの大地に(いや、病院の中だけど)術後の記念すべき第一歩の足跡をしるすことです。

歩くために、まずは「起きる練習」から。
早朝、酸素マスクを外してみたが、血中酸素が不足して心拍数やらの計測機器のアラートがピコンピコン鳴り出し、鼻のチューブに変更。
数時間後(2時間後くらい?)に取ってみた。
その後、ベットの角度を起き上がれる角度まで上げ、状況を確認。
深呼吸をしている間は、血中酸素96以上をキープできるが、気をゆるすと、息が浅くなり90以下に落ちてピコンピコン始まる。
そこで、一度ベッドの角度を下げて再チャレンジ。
気を許してもOKな角度をつくり、そこから徐々に上げていく。
1時間か2時間くらいかけて、なんとか起きれる角度まで持っていく。

ベッドの上で体を起こすところまではクリア。

足のマッサージ器は撤去。
心電図だかの機械も撤去

その後、看護師さんのサポートを受けて病室前を一周してみる。
ふらふらするが、なんとかいけた。

尿管は頻尿なのでこの時はとらずに翌日取ることにする。

歩いた直後は普通だったが、その後汗とふらつきが来た。
休んでいると執刀医の先生が突然様子見に来てくれた。

午後、歩いてレントゲンに行く。

膀胱の違和感から尿管を外してもらう

その後疲れて、この日も嫁とは話が出来なかった。

午後から夕方はつかれたので休んでいた。

尿がでないとまずいとのことなので、1,2時間おきにトイレに行く。

夕方から休んでいたので、夜には腰が痛くなって休めない。
午後10時ころからずっと起きていた。

この日担当だった面倒見のよい若いオニーチャン看護師が座薬を提案してくれた。
座薬を入れるとすごく楽になって寝れた。これでかなり元気になる。

大腸がんの手術当日です。

2015年6月10日、人生初の手術室へ。(書いているのは後日です)

朝の予定が午後に変更。さらに12時の予定が1時過ぎに。先生、ちゃんと昼飯食えてるのかが心配。

手術着に着替え、自分で手術室に歩いて行く。ちょっとドキドキ。

「麻酔がはいるとチクっとしますよ、、、」と言われ「まだチクっとしないなあ」と思ったところから意識がない。

目が覚めると呼吸ができなかった。目は開いていない。「呼吸ができなくても苦しくないし、これもOKなんだ。すごいな。」と思ったら呼吸が始まった。何かがつまっていたらしい。

その後、震えが来たが寒いという意識はなかった。

部屋にもどってから、手術の痛みよりは持病の腰痛でまんじりとも出来なかった。汗もすごかった。

約4時間の予定通りの手術だったそうだ。「手術できませんでした。」が一番怖かったので、ちゃんとがんを切り取ってくれたので一安心。

特に話もできないし、ただ寝ているだけだけど、嫁がいてくれてたのはうれしかった。上記のようなことをいろいろ話したかったけど、話す元気がまったくなかった。なにもせずに、ただ居るだけなのは大変だろうけど、こっちは気持ちがほぐれた。

手術後、当日はひたすら寝ているだけでした。腰が痛くて寝れなかったけど。

大腸がんの摘出手術へ いざ、入院!

人生初の本格的な入院手術は大腸がん。さらに肺にも大きな腫瘍が発見され、次の手術も決まっていた。

2015年6月8日、人生初の本格的な入院生活へ。(書いているのは8月です)
今は病院でも無線LANが使える(申請すれば)。なのでPC持ち込みで入院。
担当医からリスクの説明あり。

よく6月9日は、準備日。
オペ室担当看護師や麻酔科医が挨拶(説明)に来た。
あと、内視鏡で腸内に手術用の場所をスミでマーキングするため、内視鏡検査と同じように、下剤をのんで出す処理を行う。

「体が病になっても心まで病まさせてはいけない」という中村天風氏の言葉を思い出し、胸に留めることにする。(正直、意味はよくわからないですが、、、)