With or Without Cancer

エルプラット抜きで、3週間間隔のゆるい抗癌剤治療だったので、体がそれになれて、仕事や生活のペースも、すっかりそれを前提で考えていた。

 

でも、エルプラットが再開されると言うことは、最初の2週間間隔にもどる可能性もあると言うことだ。

 

やばい、、、

 

副作用も考えると、稼働日数が50%以上減る可能性が出てきた。

 

さらに、こういう時は、もっと悪い事態になって、すべての予定がダメになるのではないかとか、後ろ向きな考えが出て来る。ドクターには「今の状況では事態が急変する可能性は低い」とは言われているが、やはりいろいろ考えてしまう季節だ。(どんな季節だよ?)

 

だが、がんに振り回されてはいかんのである。

 

がんがあろうと、なかろうと、やりたいことをやりつづける

 

がんがあろうと、なかろうと、歩みを止めることはない。

 

そういうつもりで生きていかんといけんのやという考えを再確認した。

 

抗癌剤のたびに再確認し、喉元過ぎるとすぐに忘れる、、、

 

困ったもんだ。

 

With or Without Cancer

go ahead!

 

なわけだ。

 

10年生存率60%のラインに乗っているかも?

俺、大腸がんステージ4。

肺と肝臓に多発転移して抗癌剤の真っ最中。

生存者の中央値3年、
5年生存率、、、前は30%くらいだったそうだが、多発転移してからは、、、、
わからんのだそうだ。

そんな世界で、未来を目指してあがいていますが、、、

昨夜、ブロガーさんの記事を見て衝撃を受けた。
この方は、本当によく調べています。いつも勉強させて頂いています。

で、俺、もしかして10年生存率60%のラインに乗っているかも?
そうだったらうれしいぞ!
調べてみたら、関連記事と思えるものは以下のもの。

日経メディカル
悪液質への介入―浮上した炎症制御の重要性
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/search/cancer/cr/201002/513965_2.html

がんサポート
大腸がん、膵臓がん患者さんが悪液質タイプから脱却し、免疫老化まで改善か
栄養成分EPAを軸にした新機軸の栄養療法

https://gansupport.jp/article/treatment/meal/3895.html

5年生存率ほぼ0%から10年生存率60%のラインに復活した例もありました。

この「10年生存率60%」とかいうのは、(グラフを見て勝手にいっているだけなんだけど、)血液検査のCRPとアルブミンの値で分類されるものだけど、この2つの数値は、たまたま前回から検査対象になっていたので最新の値を知ることができた。なんかラッキーな気がする。

さらにこの数値はEPAで改善できるらしいが、これは別件で数年前から処方されて服用している。それが思わぬところで効いているのなら、とってもうれしい。

昨夜は自分のラッキーさに感謝すると同時に興奮してちょっと寝れなかった。

雨の休日

抗癌剤の週にもかかわらず体重増加に悩むへんながん患者です。

この週は、副作用が出たり、微熱が出たりと、ちょとした体調不良が出て、気分が後ろ向きになりがちです。

残りの人生で何ができるのだろうか? とかも考えたりします。

それも土曜になるとだいぶ復活してきます。体重も少しずつ減少傾向になってきました。

そして今日は、まったりと雨。ゆったりとした休日気分です。

良い感じですね。

そんな中で、家計状況改善の為の営業方針を考えていました。

その為には

1:やりたい事は何か?

2:それをどう「お金」にするのか?

という2つの問題をクリアする必要があります。

まず第一の「やりたい事は何か?」を決める事が重要です。

これを決めないと始まりません。

「出来る事をお金にする」のは当然ですが、それだとがんになる前と同じで繰り返しとなります。

せっかくなので、変えてみたいと考えていました。

ここが決まりそうな感じです。

ずいぶん時間がかかりましたが、良い傾向だと思います。

人が強く望む事の一つに「わかってもらう事」があると思います。

そして日本人の多くは、自分で言うのがとっても苦手です。

さらに第三者が言ったほうが、信ぴょう性や説得力が出てきます。

それを実現して、顧客にメリットが出れば、物書きの端くれとして良い仕事になるかと思ったのです。

以前から「そのような事」はやっていたのですが、もう少しすすめてみたいと思います。

今日は、なんか良い休日となった気がします。

食って、しゃべって、笑え!

お風呂で「生きている」って何だろうという事について考えてみた。まあ、がん患者なら誰でもが一度は考えることですね。

 

よくわからんので、「生きている時にしか出来ないこと。」と「死んだ後でもできる事。」に分けて考えてみた。と言っても、カラスの行水タイプで、長風呂するとへたばるので深く考えず思いつくもので即答方式ですませます。

 

生きている時にしか出来ないこと。

 

飯を食う。誰かと話す。笑ったり泣いたりする。情報を残すこと。

 

死んだ後でもできる事。

残した情報を伝達する事とか?

すでに遠い昔になくなっている人の思いを、書籍等で知ることができるのはこれ。

 

ということで、死んだ後でも他人を笑わせたり、泣かせたりできるが、自分が笑ったり泣いたりするのは、生きている間だけという事になる。当たり前な話だけど。

 

要するに、生きているってことは、飯を食い、誰かと話し、笑ったり泣いたりする事な訳だ。

そして、その事を情報として記述すれば、生きた証を残すことができる事になる。

 

とっても大雑把で適当な分析だが、これだと「悔いのない人生」ってありえない事になる。どうやっても悔いは残る。

 

それでも食って、しゃべって、笑え!

 

そして、その為に働け!

 

食って、しゃべって、笑うにも金がかかるんだ。

 

悔いのない人生なんて無いとしたら、

 

がんばって働いて、

 

時を惜しまず、食って、しゃべって、笑うのが「良い人生」なのかもしれんなあ。。。

なんか、近所のおばさんの人生がうやらましくなってきた、、、

 

「逃げる」と「気にしない」の違い

ふと思ったんだけど、がんを生きる為の「逃げる」と「気にしない」の違いって何だろう?

 

「逃げる」とは、文字通り「がんから逃げる」こと。誰かに対応を任せて、自分の中では、なかたことにする。情報収集も結論ありきのレベルだったし、その本心は、怖くて、悲しくて、そして悔しかった。

 

誰かが何かで書いているので、それでうまく行くはずだと考え、無理に笑顔を作り、そして信じれば何とかなると思い込もうとしていた。

 

結局は逃げていた事になる。少なくとも私はそうだった。

 

その後、少しずつ何かが変わってきた。有り体にいうと「なれた」らしい。

 

今は、がんだと言うことがあまり気にならなくなった。

 

でも、ちゃんと情報と向き合えるし、以前と違う結論も受け入れられるようになったし、決めたことや考えたことの修正変更も自然にできるようになった。

 

がんだと言うことを、あまり気にしていないので、普通に笑えるようになった。

 

ただ、メッセージ性の高い歌詞の音楽や、ドラマのセリフを聞くと泣けてくるのは変わらないけどね。

 

これは以前の「逃げている」とは少し違ってきた気がする。

だからといって実際の生存率に差はないのだろうけど。

 

以前は、生存率が少しでも上がる方法を選択しようと必死だった気がする。

今も、生存率が少しでも上がる方法を選択するのは当然の話しとして、以前ほどあたふたと情報に振り回されることは少なくなった気がする。

 

私の場合、サプリや考え方や生き方等自分でできる事で、短期的に効果を出すことはできない事。そして、これらはあくまで長期戦のための「隠し味」的なものだと言うことがわかった。

 

要するに「あたふたしても、たいして変わらん」という気がしている。と同時に「すぐには死なない」という「のんきさ」も出てきた。

 

そして、生存率がたいして変わらんとしても、それでも「自分の決めた道」を歩みたいと思えるようになってきた。

 

でも、また「思わぬ事態」がおこれば、大慌てして、あたふたするんだろうなあ。。。

 

治療中のがん患者の就労についての妄想

現在、私は大腸がんステージ4で、「長期延命治療」の真っ最中です。

でも、普通に元気に生きています。現実はTVドラマとかとは全然違います。

すぐには死なないし、やせ細ったりもしません。

向こう数年間は、その予定はありません。普通の人と同じように暮らしています。

そして、私と同じような人がいっぱいいらっしゃいます。

がんが治った人。再発はあるかもしれないけど、とりあえず今はフルタイムで働ける人と、病院や自宅で療養中の人の中間、

定期的に抗がん剤等で治療が必要だけど、月に半分以上、人によっては八割程度は普通の人と同じように働ける人が、どんどん増えています。

でも、なかなかうまく就労できていないようです。

例えば、40代とかでお子さんがいらっしゃったりすると、本当に大変だと思います。

50代のうちでさえ「がんより家計」とハッパかけられているのですから。

なので今回は、この点について考えてみました。

まず、がん患者さんの方に「就労に積極的になれない要因」があると思いました。

それは、がん患者の側に「フルタイムの人のようには働けない」という「自覚」です。

「急ぎの時、いざと言う時に力になれないかもしれない。」

「仕事の量によっては、周りの人に迷惑をかけるかもしれない。」

癌になる前に有能だった人に限って、以前と比較して、このように考えています。

その為に、積極的に活動できてない印象を受けます。

そして、そういう人がいっぱいいらっしゃいます。

これは企業側からみると、「ちゃんと理解して対応してあげれば、相当良い人材が確保できるかもしれない」という事を意味します。

言い換えると、「体調管理」の面でできるかぎりのサポートを約束できれば、条件的にはかなりよい人材確保ができる事になります。フルタイムでは使えないですが、業務遂行能力的には悪くない話だと思います。

これは、「がん患者の足元を見ろ」という話をしているのではありません。

企業経営として、「がん患者に必要なサポート」を提供できれば、それに見合った以上のものが獲得できる可能性があるということを言いたいのです。

現在元気で、フルタイムは無理だけどそこそこ働けるがん患者が、行き場所をなくし「難民化」しつつあるという話も聞いたことがあります。

多くの経営者は、治療も終わっていないがん患者を雇うという事を、想定したこともないと思います。

求人の側も、求職の側も、「がん治療が終わってから」と思い込んでいます。

この、誰も考えてない「隙間」にこそチャンスは潜んでいるかもしれません。

業種によっては、「現在治療中のがん患者でも新規採用する企業」ということでイメージアップにつながるケースもあるかもしれません。

誰も考えてない「隙間」に潜むチャンスを先取りする企業が出てきて、多くの企業がその事例を参考にして、社会全体が変わってくればいいな、などと妄想しています。

ちなみに私は自営業ですが、がん治療中であるという点を考慮して、かなり破格の見積もりで仕事を受けることもありますし、予算を明示して頂ければ、その範囲内で実現する方法を提案しています。

「24時間働けますか!」的なアプローチでは負けますが、がんになる前に培った専門性や技術を、よりよい条件でクライアントの為に使ってくれる人もたくさんあぶれています。(私を含め、)

そういう人が、生かされる時代になってもらいたいものです。(もちろん私を含め、、、です。)

まさか経営者の方がこのブログを見ているとは思えませんが、もしいらっしゃったら、よろしくお願いしますです。